「言い訳するな」の前に、見落としているもの
「言い訳するな」
仕事の現場で、
そう言われることがあります。
たしかに、
責任から逃げるための言い訳も
あると思います。
でも、ずっと違和感がありました。
その人がなぜそう判断したのか。
どこで迷ったのか。
何が見えていて、
何が見えていなかったのか。
何を守ろうとして、そう動いたのか。
そこを聞かないまま、
「言い訳するな」
で終わらせてしまったら、
本当に次につながるのだろうか。
そう思うことがあります。
たとえば、会議の場で。
上司の意向もある。
部下の不満もある。
現場の事情もある。
期限も迫っている。
その中で、
なんとか場を壊さないように。
誰かを責める形にならないように。
自分なりに考えて判断した。
けれど、返ってきたのは、
「それは違う」
「そうじゃない」
「言い訳するな」
という言葉だった。
そんなとき、人が傷つくのは、
ただ否定されたからだけではないのだ
と思います。
自分の中で何が起きていたのかを、
見てもらえなかった。
そう感じるからではないでしょうか。
判断の背景。
迷った理由。
守ろうとしていたもの。
その場で言えなかった不安。
本当は相談したかったこと。
そこに至るまでのプロセスを
確認されないまま、
結果だけを見て切られる。
それは、
思っている以上に人の力を奪います。
もちろん、現実を見ることは大切です。
仕事なら、成果が必要です。
チームなら、責任を果たすことも必要です。
ビジネスなら、売れるかどうかも大切です。
だから、
何でも受け入れればいいとは
思っていません。
でも、
プロセスを見ないまま否定することと、
現実を一緒に見て次につなげることは、
まったく違います。
私自身も、仕事の中で、
説明しようとした言葉を
受け取ってもらえなかった経験が
何度もあります。
自分なりに現場の状況を見て、
相手の立場も考えて、
その時点でできる判断をしたつもりだった。
けれど、
確認してもらえないまま、
「それは間違っている」
「それでは成果につながらない」
と返ってきたことがありました。
こちらが、
なぜそう考えたのかを説明しようとしても、
途中で遮られる。
そのときに感じたのは、
ただ否定された悔しさだけでは
ありませんでした。
自分の中で何が起きていたのかを、
見てもらえなかった。
そう感じたことが、
いちばん苦しかったのだと思います。
その判断に至るまでに、
何を見ていたのか。
何を気にしていたのか。
何を避けようとしていたのか。
本当は、どこで相談したかったのか。
そこを確認されないまま、
結果だけで切られてしまう。
それは、
自分の考えが間違っていたというより、
自分の中のプロセスごと
置き去りにされたような感覚でした。
だから今、私はこう思っています。
人は、責められて伸びるのではなく、
プロセスを一緒に見てもらえたときに、
次の一歩を選べるようになる。
たとえば、
会議で言いたいことを
飲み込んでしまったとします。
そこで、
「また言えなかった」
「自分は弱い」
「もっと強くならなきゃ」
と責めても、
あまり変わらないことがあります。
でも、少し見方を変えてみる。
そのとき、
本当は何を守ろうとしていたのか。
場の空気を壊したくなかったのか。
部下を責めたくなかったのか。
上司に逆らう人だと思われたくなかったのか。
自分が我慢すれば丸く収まると思ったのか。
そうやって見ていくと、
そこには単なる弱さではなく、
その人なりのやさしさや責任感が
あったことに気づくことがあります。
ただ、そのやさしさが、
自分を消す方向に
使われていたのかもしれない。
そう気づけたとき、
次の選択肢が少しだけ見えてきます。
いきなり強く主張しなくてもいい。
全部を変えようとしなくてもいい。
たとえば、
「少し確認してもいいですか」
「私はこう受け取ったのですが、
合っていますか」
「今の進め方だと、
少し負担が偏っているように感じます」
そんな一言から、
選び直せるかもしれません。
プロセスを見ることは、
自分を甘やかすことではありません。
責任を曖昧にすることでもありません。
なぜそうなったのかが見えなければ、
次に何を変えればいいのかも見えない。
だからこそ、
本当に次につなげたいなら、
結果だけではなく、
そこに至った道筋を見ることが
必要なのだと思います。
「言い訳するな」
で終わらせるのは簡単です。
でも、その一言で切ってしまった瞬間、
その人が次に進むための手がかりまで、
失われてしまうことがあります。
私は、そういう関わり方をしたくない。
そうなんだと思います。
相手を正解の型に矯正するのではなく、
その人がそうならざるを得なかった理由を
一緒に見たい。
そして、
その中にある願いや
大切にしていたものを失わずに、
次に選べる一歩を一緒に探したい。
やさしさを消すのではなく、
自己犠牲だけをほどいていく。
人は、
間違えないから信頼できるのではなく、
間違えたあとにどう振り返れるかで、
変わっていく。
責める反省ではなく、
自分を取り戻す振り返りを。
そんな関わり方を、
私はこれから大切にしていきたいです。

