「大丈夫です」と言い続ける管理職の本音は、どこに置けばいいのか
部下の心理的安全性をつくる前に、 管理職自身が安心して本音を置ける場所はあるでしょうか。
部下の心理的安全性をつくることは、
とても大切です。
安心して意見を言えること。
わからないことを、
わからないと言えること。
違和感や不安を感じても、
「こんなことを言ったら責められるかも…」
と、ひとりで抱え込まなくていいこと。
そういう場があるからこそ、
人は力を発揮しやすくなり、
チームも少しずつ育っていくのだと思います。
でも、私は最近、
ひとつの問いが残っています。
部下の心理的安全性をつくろうとしている、
管理職本人の心理的安全性は、
どこにあるのでしょうか。
「大丈夫です」
「何とかします」
「私が調整します」
そう言いながら、
本当は誰にも言えないまま、
ひとりで抱えている管理職は、
少なくないと思います。
会議後の夕方、
ひとり会議室に残って、
上司にも部下にも言えなかった言葉が、
胸の奥に残り続ける。
「大丈夫です」
そう答えたけれど、
本当は少しも大丈夫ではなかった。
上司には、弱音を見せにくい。
部下には、不安を見せられない。
同僚にも、立場上どこまで話していいのか…。
だから結局、
自分の本音だけが、
どこにも置けなくなっていく。
本当は、厳しい。
本当は、もう少し時間がほしい。
本当は、全部を背負えるわけではない。
本当は、自分だって怖い。
でも、
管理職だから。
リーダーだから。
自分が崩れたらいけないから。
周りを不安にさせたくないから。
そうやって、
自分の気持ちを飲み込んでしまう。
これは、
弱いからそうなるのではないと思います。
むしろ、
周りを大切にしてきたからこそ、
そうなってしまうことがある。
上司の期待もわかる。
部下の不満もわかる。
組織の事情もわかる。
現場の限界もわかる。
どちらの言い分も理解できるからこそ、
自分の気持ちだけが後回しになる。
でも、
自分の本音を置けないまま、
誰かの安心を支え続けると、
やさしさは少しずつ自己犠牲に変わっていきます。
最初は、
「今回は自分が引き受けよう」
だったかもしれません。
それが続くと、
「自分が我慢すれば丸く収まる」
になっていく。
さらに続くと、
「自分の気持ちは出さない方がいい」
になっていく。
そしていつの間にか、
「自分がどう感じているのか、よくわからない」
になってしまうことがある。
私は、ここを見過ごしたくありません。
やさしさは、弱さではありません。
相手の立場を考えられること。
場の空気に気づけること。
誰かの不安を受け止めようとすること。
それは、人と人との関係を育てる力です。
でも、そのやさしさが、
自分を消す方向に使われているなら、
一度立ち止まっていいのだと思います。
部下の心理的安全性をつくることは大切です。
けれど、
管理職本人が自分の本音をどこにも置けないまま、
部下の安心だけを支え続けるのは、
やはり無理があります。
支える人にも、
支えられる場所が必要です。
話を聞く人にも、
話を聞いてもらえる場所が必要です。
場を整える人にも、
自分の揺れを整え直せる場所が必要です。
それは、
弱音を吐いて終わる場所ではありません。
誰かを責めるための場所でもありません。
投げ出すための場所でもありません。
自分の中にある本音を、
一度ちゃんと置いてみる場所です。
「本当は、何が苦しかったのか」
「どこまでを自分が背負おうとしていたのか」
「何を大切にしたかったから、言えなかったのか」
「自分を犠牲にしない形で、次に何を伝えられるのか」
そうやって、
自分を責めるためではなく、
自分の中心に戻るために、
本音を置ける場所。
私は、
管理職にこそ、
そういう場が必要だと思っています。
部下を大切にする前に、
まず自分だけを大切にしましょう、
と言いたいわけではありません。
そうではなくて。
部下も大切にする。
上司との関係も大切にする。
組織の現実も大切にする。
その中に、
自分自身も入れていく。
自分の気持ちだけを、
関係性の外に置き去りにしない。
それが、
やさしさを自己犠牲に変えないために、
とても大切なのだと思います。
会議後の夕方、
「また自分が抱えた」と思いながら、
ひとりで反省会を続けてしまうことがあるかもしれません。
あのとき、
もっと上手く言えたはずだ。
あの場で、
部下の気持ちを受け止めきれなかった。
上司にも、
本当は少し厳しいと言いたかった。
そんなふうに、
自分を責める声が頭の中で続いてしまうこともある。
でも、その時間を、
自分を責めるだけの時間で終わらせなくていい。
そう思います。
「私は、何を大切にしたかったんだろう」
「どこで、自分を置き去りにしたんだろう」
「次に、自分も関係性の中に入れるなら、どんな一言が言えるだろう」
そうやって、
自分の本音に戻る道があっていい。
たとえば、
「私も、少し厳しいと感じています」
「一度、整理する時間をもらえますか」
「現場の状況も見ながら、一緒に考えたいです」
そんな小さな一言が、
自分を置き去りにしないための入口になることがあります。
関係を壊すための本音ではなく、
関係を育てるための本音。
その本音を取り戻すためには、
まず安心して本音を置ける場が必要です。
「部下の心理的安全性をつくる前に、
管理職自身の本音は、どこに置けるのか」
この問いは、
これからの職場にとって、
とても大切な問いだと思っています。
誰かを支える人にも、
支えられる場所があっていい。
やさしい人が、やさしいまま、
自分を犠牲にしなくても関係を育てていけるように。
私は、そのための場をつくっていきたいと思っています。

